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1940年 三重県出身
1963年 東京藝術大学油絵科卒業。大学大学院修了後、研究副手となる。
1971年〜77年 イタリア政府給費留学生として渡伊、ローマ国立中央修復学校にて古典技法、修復技術を学ぶ。
2005年 両洋の眼-新芸術主義の画家たち展にて河北倫明賞受賞。
同年、三公立美術館(三重県立美術館・渋谷区松涛美術館・茨城県つくば美術館)にて約1年間に渡り『ドラマとポエジーの画家-和田義彦展』が開催された。
国画会展、両洋の眼展などグループ展、個展多数開催。
2012年ブータン王国内務文化省文化庁名誉芸術顧問の称号を授与。
同2012年にはブータン王国に滞在し、国王・王妃の肖像画を制作、贈呈した。

1940 Born in Mie,Japan.
1963 Grduated from the Oil Painting Department of Tokyo National University of Fine Arts and Music.
1971-77 As a student on a scholarship of Itarian government, entered the Academy in Rome and studied classical painting and technique of rehabilitation.
1985-2002 Professer of Nagoya Art University.
2005 Yoshihiko Wada Exhibition (Mie Prefectural Museum ,Shibuya Ward Syoto Museum and Ibaraki Prefectural Tsukuba Museum on Apr.-Dec. )
Awarded Kawakita-Rinnmei Prize at the Ryouyounome-Painter of new art principle Exhibition.
2008 One-man show (Tokyo Central Museum on Nov. )
2012 Paint a king and queen of Bhutan's portrait.

勤務歴   現在 東北福祉大学特別任用教授
1981〜2002年 名古屋芸術大学美術学部助教授(1985年から教授)
1940〜1950年 講談社フェーマススクールズインストラクターとして勤務
他 日本大学総合科学研究所教授
武蔵野美術大学講師
帝京女子短期大学客員教授
相模女子大学講師
略歴  

【1940年】三重県に生まれる。

【1959年】愛知県立旭丘高等学校美術科を卒業。東京芸術大学美術学部油画科に入学。

【1963年】東京芸術大学美術学部油画科を卒業。

【1964年】スルガ台画廊で初めての個展開催。

【1965年】東京芸術大学大学院美術研究科を修了、研究副手となる。

【1966年】国画会展 野島賞受賞。

【1967年】国画会展 プールブー賞受賞。滝沢具幸・和田義彦二人展(スルガ台画廊)開催。

【1968年】国画会会友に推挙される。

【1969年】講談社フェーマススクールズにインストラクターとして勤務。(1971年まで)

【1970年】国画会会員に推挙される。

【1971年】イタリア政府給費留学生として渡伊。ローマ美術学校にてジェンティリーニ教室で学ぶ。

【1972年】ローマ国立中央修復学校に編入学。バルディ教授に師事して修復技術、古典技法を学ぶ。シモーネ・マルティーニ、セバスティアーノ・デル・ビオンボの作品等の模写を行う。

【1974年】現代日本新人作家展(日本橋高島屋)出品。ローマ、ドーリア=パンフィーリ美術館でベラスケス作《インノケンティウス10世》の模写を行う。

【1975年】マドリード、プラド美術館でルーベンス作《プロセルピーナの略奪》《聖ペドロ》ホセ・デ・リベラ作《聖バルトロメイ》の模写を行う。

【1976年】マドリード、プラド美術館でホセ・デ・リベラ作《バコ女性像》の模写を行う。

【1977年】帰国して東京に住む。

【1979年】第1回明日への具象展(日本橋高島屋他)出品。(81、82年)

【1981年】名古屋芸術大学美術学部助教授に就任。(1985年から教授)

【1982年】開館記念 三重の美術・現代(三重県立美術館)招待出品。

【1983年】帰国後初の個展・和田義彦個展(日本橋高島屋、7.28-8.2、名古屋丸栄スカイル、9.29-10.4)開催。具象現代展(上野松坂屋)出品。裸婦デッサン展(伊勢市・亀谷美術館)出品。

【1984年】第1回日本青年画家展(日本橋三越)出品。(85年)和田義彦滞欧作と新作展(東京自由が丘・一誠堂画廊、10.26-11.5)開催。和田義彦個展(大阪・阪急百貨店、11.21-11.26)開催。炎の会展(名古屋・第一画廊)に佐々亮暎、鈴木五郎と出品。(96年まで)

【1985年】和田義彦展(名古屋画廊、5.14-5.22)開催。

【1988年】洋画の現在と未来展(企画・美術世界画廊、会場・ラフォーレミュージアム赤坂)出品。

【1990年】サロン・ド・アブリル展(東京・日動画廊本店)出品。第27回太陽展(東京・日動画廊本店)出品。(以後05年まで毎年)第21回日動展出品。和田義彦展 この十年の歩み展 PartI(名古屋・ギャルリー・メチエ、12.8-12.18)開催。

【1991年】和田義彦展 この十年の歩み展 PartII(名古屋・ギャルリー・メチエ、1.20-1.30)開催。 パリ国立美術大学ピエール・キャロン教授からパリに招待される。以後数年間、同大学にアトリエを借りて毎年制作を行う。

【1992年】和田義彦展(名古屋日動画廊11.20-11.28)開催。

【1993年】和田義彦展(東京・日動画廊本店、9.14-9.21)開催。3人展(ローマ、グラディーバ画廊)出品。

【1995年】藤田吉香、山本文彦とともに実行委員となって組織した赫風会展(東京大丸、京都大丸、大丸大阪心斎橋店)出品。

【1998年】和田義彦展(東京・日動画廊本店、1.19-1.27、名古屋日動画廊、1.29-2.6)開催。雑誌「美術の窓」連載の芸苑雑事記(瀧悌三著)挿画原画展(銀座・風童門)開催。樹要会展(東京・日動画廊本店)出品。

【2000年】両洋の眼21世紀の絵画展(日本橋三越他)出品。(以後05年まで毎年)和田義彦挿画原画展 森村誠一著「敵対狼群」(東京・日本橋高島屋(3.30-4.5)、大阪・なんば高島屋(4.12-4.18)、名古屋・丸栄スカイル(5.3-5.9)開催。

【2001年】和田義彦展ー新作と森村誠一著作のための原画(東京・日動画廊本店、10.31-11.9、名古屋日動画廊、2002.1.10-1.19)開催。

【2002年】現代洋画選抜展(名古屋・松坂屋本店)出品。名古屋芸術大学教授を退官。

【2003年】東郷青児美術館大賞25周年記念 25人の絵画展(損保ジャパン東郷青児美術館)出品。4つの視点展(サムホール画廊)招待出品。(04年)15の眼展(光画廊)出品。(04年)

【2004年】桃花の会展(日本橋高島屋)出品。

【2005年】両洋の眼新美術主義の画家たち展(日本橋三越他)出品。河北倫明賞受賞。秋山庄太郎・画家・一期一会展(日本橋高島屋)出品。ドラマとポエジーの画家-和田義彦展 開催(三重県立美術館、渋谷区立松濤美術館、茨城県つくば美術館)

【2006年】国画会退会

【2008年】パリ・セーヌ画廊で小品展開催。和田義彦展(銀座 東京セントラル美術館 11.24-11.30)開催

【2010年】円鳥洞画廊特別企画和田義彦展開催。

【2011年】和田義彦展―挽歌 開催。(中国北京 三潴ギャラリー、3.12〜4.3 日中文化交流協会後援)

【2012年】ブータン王国内務文化省文化庁名誉芸術顧問の称号を授与。国王、王妃肖像画を贈呈。


文献目録《自筆文献》  
  • 「ウェールズ美術展によせて」『朝日新聞』(名古屋本社版)1982年8月3日
  • 「雨の日のローマ スカルコ氏のアトリエで」『ジョルジョ・スカルコ展』パンフレット ガレリアフォルニ1986年4月5日
  • ヨーロッパ美術学校事情 環境や体験重視の教育」『中日新聞』(夕刊)1998年5月26日
  • 「留学体験―心の旅路―」『信濃毎日新聞』1992年4月9日
  • 「大きな愛に彩られた鴨居玲さんとチータ 没後10周年記念展によせて」『繪』日動出版1995年5月1日初夏号
  • 「米倉守・森村誠一・和田義彦鼎談会」『十勝毎日新聞』2000年4月4日
  • 「欧州美術学校事情」『美じょん新報』2000年4月20日
  • 「名古屋の色彩を語る」中京テレビ1985年6月3日
  • 「解説」(森村誠一著『腐食の構造』)ハルキ文庫1998年3月18日
  • 「解説」(森村誠一著『空洞星雲』)中央公論新社1998年3月18日
  • 「解説」(森村誠一著『人間の証明』)ハルキ文庫2000年3月18日

《展覧会図録》  
  • 『和田義彦展』1983年日本橋高島屋、名古屋丸栄スカイル
  • 『和田義彦滞欧作と新作展』1984年一誠堂画廊  米倉守「和田義彦に巣食うもの」
  • 『和田義彦個展』1984年阪急百科店
  • 『和田義彦―この10年の歩み展』1990年ギャルリー・メチエ 大渓紀男「コレクター随想」
  • 『和田義彦展』1992年名古屋日動画廊 森村誠一「渦の引力―和田義彦の作品世界」/滝悌造「和田義彦―華麗に上昇気流に乗る」
  • 『和田義彦展』1998年日動画廊 滝悌造「途上性の美学―和田義彦展画説」/森村誠一「この犇めき立つもの―和田義彦展によせて」
  • 『和田義彦挿絵原画展 森村誠一著『敵対狼群』2000年日本橋高島屋、なんば高島屋、丸栄スカイル
    森村誠一「和田義彦『成吉思汗』挿絵個展開催」/滝梯造「和田義彦君の挿画展を祝するの記」/和田義彦「挿画を描いて」
  • 『和田義彦展―森村誠一著作のための原画』2001年日動画廊
    滝悌造「再び『途上性の美学』’01―和田義彦展画賛」/森村誠一「和田義彦氏個展によせて」
  • 『第25回安田火災東郷青児美術館大賞記念―煌めく刻―和田義彦展』2002年損保ジャパン東郷青児美術館
    米倉守「果てしなき自叙伝―空虚が張り詰まっている―」/森村誠一「和田義彦氏作品に寄せて―運命の窓」/和田義彦「西洋から渡る風」
  • 『ドラマとポエジーの画家 和田義彦展』2005年三重県立美術館、渋谷区松濤美術館、茨城県つくば美術館
    加藤貞雄「和田義彦の絵」/毛利伊知郎「ドラマとポエジーの世界」/舟木力英「和田義彦の芸術―主題とモティーフ」
  • 『和田義彦展』2008年東京セントラル美術館 森村誠一「和田義彦再起個展に寄せて」

《個展評/展覧会紹介記事/和田義彦論》  
  • [無署名]「形而上的な世界 和田義彦個展」『新美術新聞』1983年7月25日
  • [無署名]「ゆうかんさろん・故郷の個展に胸弾む」『中日新聞』(夕刊)1983年9月24日
  • 加藤龍明「寂しさが漂う画面」『中日新聞』(夕刊)1983年9月30日
  • 米倉守「独特の“不完全の美”」『朝日新聞』(夕刊)1984年10月31日
  • 滝悌造「和田義彦展」『日本経済新聞』(夕刊)1984年11月31日
  • 加藤龍明「量感のある絵肌、不思議な迫力」『中日新聞』(夕刊)1985年5月28日
  • 小川潔「欧風技法の個展油絵」『名古屋タイムズ』(夕刊)1989年12月14日
  • 有海千尋「人間“主役”の作品が目立つ」『中日新聞』(夕刊)1990年12月11日
  • [無署名]「噴き出す心象風景 和田義彦展」『毎日新聞』(夕刊)1990年12月14日
  • 有海千尋「〈作者独自〉ドラマッチックな世界」『中日新聞』(夕刊)1992年11月19日
  • [無署名]「風景や人物中心、魅力作品が並ぶ」『岐阜新聞』(夕刊)1992年11月23日
  • [無署名]「話題の展覧会 和田義彦展」『美術の窓』1993年9月号
  • 朝倉摂「赤い門 個展によせて」『繪』1993年7月1日夏号
  • 滝悌造「展覧会REVIW『〈和田義彦展〉を前に』」『美術の窓』1998年1月号
  • 米倉守「肉体に裏付けられた芸術の天分」『月刊美術』1998年1月号
  • 常盤茂「和田義彦 ドラマの誕生」『アート・トップ』1997年12月号・1998年1月号
  • [無署名]「研鑽を積んだ芸術世界 和田義彦展」『月刊ギャラリー』1998年1月号
  • 滝悌造、米倉守対談展評「せ・ら・ヴ・ぃ45」『美術の窓』1998年4月号
  • 井上昇治「均整を崩し固定せぬ生成変容のイメージ」『中日新聞』(夕刊)1998年22日
  • 小川潔「作家と30分―内面をえぐる―人物像」『名古屋タイムズ』(夕刊)1998年2月2日
  • 栗山文子「アートレポート『和田義彦挿画原画展』」『美術の窓』1998年4月号
  • 常盤茂「森村誠一作《敵対狼群》和田義彦挿画展『美術の窓』2000年3月21日
  • 小森佳代子「展覧会REVIW『和田義彦 東洋回帰への旅』」『美術の窓』2000年4月号
  • [無署名]「小説家と画家が共鳴する勇壮な世界―森村誠一作《敵対狼群》和田義彦挿画展」『月刊ギャラリー』2000年4月号
  • 篠原弘「アートレポート『和田義彦挿画原画展』」『美術の窓』2000年6月号
  • [無署名]「和田義彦展―新作と森村誠一著作のための原画」『新美術新聞』2001年10月21
  • 小森佳代子「展覧会REVIW『美意識の絵画』」『美術の窓』2001年11月号
  • 米倉守「たしかな肉眼の視覚」『月刊美術』2001年11月号
  • 滝悌造、米倉守対談展評「せ・ら・ヴ・ぃ82」『美術の窓』2002年1月号
  • 小森佳代子「2002年下半期ダイジェスト『和田義彦展 煌めく刻』」『美術の窓』2002年8月号
  • 滝悌造「劇性と途上性の美学」『新美術新聞』2002年9月21日
  • [無署名]「話題の展覧会『和田義彦展 煌めく刻』」『美術の窓』2002年10月号
  • 石川健次「色彩が奏でるリズム 和田義彦展によせて」『月刊美術』2002年10月号

《装丁/表紙絵/挿画》  
  • 滝悌造著『芸苑雑記事』生活の友社1998年1月20日刊[表紙絵、カット24点]
  • 森村誠一新聞連載小説挿画
    ・『敵対狼群』学芸通信社1998年7月〜1999年11月
    ・『正義の基準』三友社2001年3月〜2002年6月
    ・『使命の条件』2006年
  • 森村誠一雑誌連載小説挿画
    ・「法王庁の帽子」『小説宝石』2000年11月
    ・「誉生の証明」『小説宝石』2000年3月〜
  • 森村誠一著作表紙絵
    ・森村誠一著『凄愴圏』中央公論文庫1998年11月4日刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『異常の太陽』中央公論文庫1999年3月18日刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『挫折のエリート』中央公論文庫1999年5月3日刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『白昼の視線』中央公論文庫1999年10月18日刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『煌めく誉生』講談社2000年3月20日刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『棟据刑事の黙示録』ハルキ文庫2000年7月18日刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『棟据刑事の一千万人の完全犯罪』2006年刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『誉生の証明』2006年刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『レッドライト』2006年刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『棟据刑事の凶縁』2006年刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『夜明けのコーヒーを君と一緒に』2007年刊[表紙絵]
    ・森村誠一著『人間の天敵』2008年刊[表紙絵]
    ・森村誠一著「美術エッセイ」挿画
  • 『繪』日動出版
    ・「絵心の位置」2000年3月1日春号
    ・「私の肖像画」2000年5月1日初夏号
    ・「予感のきらめき」2000年7月1日夏号
    ・「名作の借景」2000年9月1日秋号
    ・「生涯の画」2001年1月1日新春号
    ・「運命の出会い」2001年3月1日春号
    ・「居候の形見」2001年5月1日初夏号
    ・「父の車窓」2001年7月1日夏号
    ・「最後の一店」2001年9月1日秋号
    ・「無名の約束」2001年11月1日冬号
    ・「死蔵された名作」2002年1月1日新春号
    ・「人類に対する挑戦」2002年3月1日春号
    ・「無念の伝説」2002年5月1日初夏号
    ・「ただ一人の異性」2002年9月1日秋号
  • 滝悌造著『芸苑雑記事』『美術の窓』生活の友社1995年4月〜[挿画]
  • 滝悌造、米倉守対談展評「せ・ら・ヴ・ぃ」『美術の窓』生活の友社1998年7月〜2002年1月[カット]
  • その他
    ・『不二 中高版』(財団法人日本書道教育学会 1984年6月号)[表紙絵]
    ・『不二 中高版』(財団法人日本書道教育学会 1984年7月号)[カット]
    ・「銀の町タスコへ―メキシコにて 高良留美子誌」朝日新聞(夕刊)1984年12月1日[カット]
    ・「コラム」欄『中日新聞』1986年6月8日[カット]
    ・『繪』日動出版1998年3月1日春号目次[カット]